心身の健康を高める
病気になった時、自分にとって最適な治療を選択するには?【専門家インタビュー】
公開日:2025.05.28

より良い治療を受けるために大切なこと、それは“情報収集と意思決定”です。ソーシャルメディアをはじめとするインターネットにアクセスすれば、簡単にたくさんの情報を得られる時代となりましたが、どの情報を信じて、どの治療を選択するべきかがわからないという人もいるかと思います。今回は、適切な情報に基づく意思決定や行動をケアする看護情報学、保健医療社会学がご専門の聖路加国際大学・中山和弘教授に「納得できる治療を受けるために大切な、情報収集と意思決定」についてお話をうかがいました。
目次
納得のいく治療を選ぶために、必要なこと
――――― 病気になると驚きや不安でいっぱいになって、混乱してしまいます。そうしたなかでも治療を選ばなくてはならないわけですが、納得のいく治療を選ぶために必要なことはなんですか?
中山教授:
自分らしい納得のいく選択をするには、まずは信頼できる情報を集めて、それぞれの治療の選択肢の長所と短所を理解した上で、自分の好みや価値観と照らし合わせ、治療法を決めていくという方法が望ましいです。
「情報収集」にもいろいろな方法があります。まずは病状の説明や治療法の提案といった主治医からの情報、そしてインターネットや本などメディアからの情報など。他の医師からの意見を聞く「セカンドオピニオン」も情報収集の一つの方法です。
――――― 主治医が決めた治療方法に納得がいかず、理由など説明を聞きたいと思いながらも、うまくコミュニケーションがとれないという患者さんも多いようです。
中山教授:
確かに、自分が決めた治療法だけを話して、その他の選択肢についてはきちんと伝えない医師もいます。もちろん中には「医者に全部決めてもらいたい」という患者さんもいて、それを否定するつもりは全く無いのですが、もし「自分の治療法についてもっと理解したい」「別の選択肢があるなら、それについて知りたい」と思うのであれば、医師と上手にコミュニケーションがとれるに越したことはないでしょう。
世の中の「事前に質問を考えましょう」「医療者の言うことはメモをとりましょう」というような「賢い患者になろう」とする動きは大切なのですが、僕は「ただでさえ病気で大変な患者さんが、なぜそんなに努力しなきゃいけないの」と思っているんです。医師の側が変わってくれればいいのに、と。しかし、そうしたなかでも患者さんが伝えることで変わっていくこともあるので、できるだけラクに、聞きたいことを質問する方法を紹介します。
アメリカのAHRQ(Agency for Healthcare Research and Quality、米国医療研究・品質調査機構)の『医師にする質問Question To Ask Your Doctor』では、具体的な質問が40項目用意されています。私のサイトでは、健康問題、検査、薬、手術の4つの場面についてそれぞれ質問を紹介しているので、これを印刷して、聞きたいことにチェックをして医師に見せるだけです。これなら簡単ですよね。
中山和弘教授のWebサイト「健康を決める力」で紹介されている『医師にする質問Question To Ask Your Doctor』は、こちらからご覧ください>>
ソーシャルメディアでの情報収集は、アルゴリズムに注意
――――― 病気になって情報収集をしたい時、多くの人がインターネットを使いますが、信頼性の高い情報を手に入れるにはどうすればよいでしょう。

中山教授:
インターネットで信頼性のある健康情報を得るには、公的な組織が発信しているWEBサイトを参考にするのがいいですね。例えば、よく検索の上位に上がってくる「国立がん研究センター」の「がん情報サービス」。こちらは一般向けにわかりやすく、がんについての情報がまとめてあります。「国立がん研究センター」と同じ厚生労働省管轄の組織に「国立循環器病研究センター」というのがありますが、ここは循環器の病気に関する一般向けの情報がWEBサイトに掲載されています。これら国の研究機関のほか、医学系の学会や大学、患者団体のWEBサイトでも一般の人向けの情報を提供しているところがあります。
公的な組織のサイトを検索した時、うまくヒットしない場合はドメイン名を指定してみましょう。ドメイン名とは「インターネット上の住所」のことで、政府機関だと、必ず最後はgo.jpとなっています。この「go」というのは、「government=政府」のことです。大学のWEBサイトになると、最後はac.jp(acはacademicの略)となります。調べたいキーワードと一緒にsite:go.jp、もしくはsite:ac.jpと入れれば、政府機関もしくは大学に絞られた検索結果が出てきます。学会や患者会のWEBサイトの情報を検索したい時は、知りたいキーワードと一緒に「学会」または「患者会」と入れて検索してください。また検索で情報を探す以外だと、信頼できる公的な機関をフォローするという方法がありますね。
――――― ソーシャルメディアやインターネットで情報収集をするときに、気をつけたほうがいいことはありますか?
中山教授:
例えば、ソーシャルメディアにはユーザーの興味や関心を推測し、その情報を優先的に表示する仕組み「アルゴリズム」が備わっています。ある情報を少し長い時間見ていたり、クリックしたりすると、似たような情報ばかりが表示されるようになるのはそのためです。こうした情報の偏りを避けるためには、漫然とソーシャルメディアを利用するのではなく、意識して違う情報を探すようにすることが大切です。
情報収集の5つのチェックポイント「かちもない」
――――― たくさんある健康や医療の情報にはデマや、根拠の薄いものもありますが、どうすれば信頼できる情報を見分けることができますか?
中山教授:
聖路加国際大学のヘルスリテラシー学習拠点プロジェクトで、健康情報の信頼性を評価するチェックポイントをわかりやすく伝えるために考案したのが「いなかもち」で、「かちもない」とも紹介しています。「この5つをチェックしないと『価値もない』」と覚えてほしいです。情報収集をする時に、是非とも活用してください。
か:書いたのは(発言しているのは)だれか? →信頼できる専門家もしくは組織の発言ですか? →氏名や所属は事実ですか? ち:違う情報と比べたか? →その情報が極端な内容になっていないか、他の情報と比較しましょう。 →その選択肢の長所と短所の両方が提示されていますか? も:元ネタ(根拠)は何か? →出典や引用などで、科学的根拠になる論文や具体的なデータが示されていますか? な:何のために書かれたか? →商業目的でしかないかも。記事に「広告」「PR」と記載されていませんか? い:いつの情報か? →ページの作成日や更新日、本の出版年などの情報はありますか? →健康や医学に関する情報は日進月歩なので、古い情報の場合、現代の医学では否定されていることかもしれません。 |
情報に基づく意思決定の4つのプロセス「おちたか」
――――― 「情報は集めたものの、治療方法をどう決めていいかがわからない」と言う声をよく聞きます。どのように決めればいいのでしょう。

中山教授:
情報に基づく意思決定のためには、下記のような4つのプロセスが必要となり、選択肢は英語でオプション(option)なので、頭文字を取ると「おちたか」になります。納得したことを「胸(または腹、腑)に落ちた」と言うので、「胸(または腹、腑)に『おちたか』」と覚えてもらえたらと思います。
お:選択肢(=オプション)→選べる選択肢がすべてそろっているか確認する ち:長所→各選択肢の長所を知る た:短所→各選択肢の短所を知る か:価値観→各選択肢の長所と短所を比較して、自分にとって何が重要かはっきりさせる |
意思決定の段階では「おちたか」を利用して、情報を整理していきましょう。
――――― 医療だけではなく、それ以外のさまざまな意思決定の機会に「おちたか」は活用できそうですね。
中山教授:
私たちの毎日は意思決定の連続ですよね。結婚、家を買う、就職、進学といった大事なことを決める時には、選択肢を見落としてはいけないし、それぞれの長所・短所を踏まえて選ばなくてはいけません。医療に限ったことではなく、情報収集には「かちもない」、意思決定では「おちたか」が活用できるかと思います。
病気になった時に急に「かちもない」「おちたか」を使ってみようとしても、精神的にも肉体的にもつらい状況ではうまくいかない可能性もあるので、普段からさまざまな場面で利用して、「かちもない」「おちたか」に慣れておいてもらえたらと思っています。
――――― 難しい意思決定を助けてくれる「意思決定ガイド」というものもあるんですね。
中山教授:
「意思決定ガイド」とは、これから選ぼうとする治療方法や検査方法について、選択肢が紹介されていて、それぞれの長所・短所を中立の立場でわかりやすく解説しているものです。国際基準に基づいて、世界中でたくさんの意思決定ガイドが開発されていて、患者さんが選択肢を吟味するのを助けています。
日本の意思決定ガイドのうちの一つが、慶應義塾大学の大坂和可子准教授と開発した乳がんの手術選択の意思決定ガイド「自分らしく決めるガイド 乳がん手術方法」です。
先ほども話したように、たとえつらい思いをしているときでも、患者さんにはできるだけ納得して少しずつでも前に進んでもらえればと思うので、こうした意思決定ガイドをぜひ試してみてほしいと思います。
(中山先生のWebサイト「患者さんとご家族のための意思決定ガイド」)
健康は人それぞれ 後悔しない選択のために
――――― お話を伺って、より自分らしい意思決定をするには「自分の価値観を知る」ということがとても大切なのだと思いました。
中山教授:
WHO憲章にもあるように、健康とは「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあること」です。身体的な健康というのは、健康の一つの側面に過ぎず、それが全てではありません。
例えば健康食品など、それほど効かないものでも「私、これで本当良くなったから」と親友が勧めてくると、人間関係を壊したくないし、自分への気遣いもうれしいので、「そんなものいらない」と思っていても、使うことってありますよね。また提示された治療が身体的には最良かもしれないけれど、「仕事ができなくなるのは嫌だ」「家族の役割が果たせなくなるのは嫌だ」と感じるのは、その人の価値観なのです。家族や友人などの人間関係といった社会的な側面や、「うれしい」「嫌だ」という精神的な側面も含めて、自分にとっての大切さ、価値を考える必要があります。
以前、沖縄県の病院でヘルスリテラシーや意思決定について講演をした際、ある参加者から「病院でのがん治療ではなく代替療法をしたいと思っているのですが、それはいけないことでしょうか?」という質問がありました。
それに対して僕は「それぞれの長所・短所を十分に知った上で選ぶのであれば、いいと思います」と答えました。「もしかして『抗がん剤なんかダメだ』というようなネガティブな情報ばっかり集めていませんか。その一方でその代替療法の長所ばかりを探していることはないですか。抗がん剤もずいぶん変わってきたし、現代医療にも良い点はあるんですよ。その代替療法の欠点についてはご存知でしょうか」と言うと、その参加者は納得した様子でした。
もし長所・短所を十分に理解した上で選ばなければ、何かあった時に「知らなかった」「やっぱりああしておけばよかった」と後悔することになってしまいます。自分が魅力を感じたものであっても、必ずその短所を知る、また自分が敬遠しそうなものでもあっても、その長所をちゃんと知ってから選択するという姿勢が大切です。
■参考
中山和弘教授YouTubeチャンネル:ヘルスリテラシー 健康を決める力
【動画】情報が信頼できるかをチェックする方法「か・ち・も・な・い」:情報にだまされないためには?
【動画】自分らしく決める方法「胸(腹・腑)に『お・ち・た・か』」:進路選択や病気の治療法など大事なことを決める時どうしたらいいの?
<ティーペック編集部からのコメント>
私たちティーペックは、これまで約2,550万件を超える電話健康相談をお受けしてきました。今回、みなさんが病気や治療に関する正しい情報を得て、豊かな生活を送るための情報を発信したいと考え、中山先生にインタビューをさせていただきました。
インタビューでは、先生の「ただでさえ病気で大変な患者さんが、なぜそんなに努力しなきゃいけないの」という患者に寄り添ったお考えに、深い感銘を受けました。
私たちも「つながるティーペック」を通じて、みなさんが信頼できる情報を得て、自分らしい意思決定をすることに貢献していきたいと考えています。

聖路加国際大学大学院 看護学研究科 看護情報学分野
中山和弘 教授
東京大学医学部保健学科卒業、東京大学大学院医学系研究科博士課程(保健学専攻)修了。1992年日本学術振興会特別研究員(PD)、1993年国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所流動研究員、1995年東京都立大学人文学部社会福祉学科助手、1998愛知県立看護大学助教授、2004年聖路加国際大学教授、現在に至る。
著書:『これからのヘルスリテラシー 健康を決める力』(講談社,2022年,2023年度ヘルスコミュニケーション学関連学会機構優秀書籍賞受賞)/『実践シェアード・ディシジョンメイキング : 今、求められる医療コミュニケーション』(分担執筆)(日本医事新報社,2024年)/『看護学のための多変量解析入門』(医学書院,2018年)など
※当記事は、2025年5月に作成されたものです。
※当記事内のインタビューは、2025年3月に行われたものです。
※医師の診断や治療法については、各々の疾患・症状やその時の最新の治療法によって異なります。当記事がすべてのケースにおいて当てはまるわけではありません。
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