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震災や戦争の報道を子どもに見せる影響は?注意点や対応方法を解説【専門家インタビュー】

世界各地で起こっている自然災害、戦争や紛争、悲惨な事故などの報道を目にする機会は少なくありません。大人でもこころが沈むような出来事の報道について、子どもにどこまで見せていいのか、視聴する際になにか気をつけることはあるのかなど、元ユニセフ職員で日本プレイセラピー協会代表理事を務める、臨床心理士の本田涼子さんにお聞きしました。

視聴時間は最小限に、繰り返し見る、“ながら見”は控える

――震災や戦争といった惨事報道の視聴について、子どもを持つ親はどのようなことに注意したらいいでしょうか。


惨事や悲惨な出来事の映像を見ると、子どもも大人も深刻な精神的影響を受ける可能性があります。日本トラウマティック・ストレス学会では、惨事報道がメンタルヘルスに与える影響について指針(※)を出しています。この指針によると、子どもが惨事報道を見ることに対し、発達段階に合わせて適切に制限することが重要であり、視聴時間は最小限に抑え、繰り返し見たり、“ながら見”をしたりしないことが大切だとされています。


特に幼児から小学校低学年くらいまでの子どもは、映像の出来事がどの程度離れた場所で起こっているのか、時間的に現在起きているものなのか、過去の出来事なのかを判断できません。そのため、災害や戦争の映像から大きな影響を受け、不安や恐怖を感じやすくなります。


小学校中学年ごろから青年期になると状況をより正確に理解できるようになりますが、繰り返し惨事報道を見ると、こころに深くその映像が残り、強い不安や抑うつ状態になる可能性があります。最近はSNSを見る時間が長い中高生も、悲惨な投稿から意識が離れられなくなり、共感しすぎて気持ちが沈んだり、自分が平穏に生活できていることに罪悪感を抱いたりする場合があります。SNSでは誤情報も含まれていることがありますので、すべてを鵜呑みにせず、正しい情報かどうかを確認することが大切です。もともと敏感な子どもや、日常的に大変なことや悩みを抱えている子ども、過去にトラウマとなる体験をした子どもは、他の子どもより影響を受けやすいので、特に注意が必要です。

不安や怖さ、安心を得たいという子どもの気持ちを無視しない

――惨事報道を長時間見る、繰り返し見ることで子どもにどのような変化が考えられるでしょうか。また、その変化にどう対応すればいいでしょうか。


子どもの変化としては、気分が落ち込んだり、口数が少なくなったり、その一方で報道の内容を繰り返し話したり、イライラしやすくなることもあります。夜に眠れなくなる、途中で目が覚める、悪夢を見るなど、睡眠にも影響が出るかもしれません。頭痛や腹痛が起きる、食欲がなくなる、身体がだるくなるなど、具合が悪くなる子もいます。それまでは楽しく感じていたことを楽しめなくなってしまう子もいるでしょう。


なかには心理的退行といって、「これまでできていたことができなくなる」、「甘えたり、わがままを言ったりする」といったいわゆる“赤ちゃん返り”がみられることもあります。ひとりでトイレに行けていたのにおねしょをしたり、指しゃぶりや爪噛みをしたりするかもしれません。子どものそうした言動には不安や怖さ、安心を得たいという気持ちが無意識に隠れていることもあるため、まずはその気持ちを受け止め、寄り添ってあげてください。


小さなお子さんの場合には、惨事報道を見せないという選択を取ることも必要です。しかし、小学校の中学年くらいになると、学校でも戦争や自然災害のことを学ぶようになり、世の中で何が起きているかを知る必要が出てきます。そうしたときに視聴の時間を区切り、視聴した内容について子どもの気持ちを聞いて、大人たちがどう感じていてどう解決しようとしているかを話すのがいいと思います。


子どもは遊びを通じて、感じたことや経験したことを自然に表現します。たとえば、ごっこ遊びのなかで、報道で見たことを再現することもあります。そうした遊びは無理に止めるのではなく、遊びに寄り添いながら見守ることが大切です。「ああ、積み木が倒れちゃったね」「びっくりしたね」「怖かったね」と遊びの様子を実況したり、子どもの気持ちを言葉に出してあげたりすると、子どもは親に理解してもらえていると安心できるからです。それでも状態が良くならない場合や、不安や怖がりが強くなってきた場合には、児童精神科の先生や心理の専門家への相談を考えましょう。

自然災害直後に起きた印象に残っている2つの実体験

――本田さんご自身もお2人のお子さんがいらっしゃるとのことですが、なにか惨事報道に関して印象に残っている出来事はありますか。


私の実体験を踏まえてお話しすると、2011年の東日本大震災のときに、上の子が小学4年生、下の子は2年生でした。その日は被災地でなくとも地震の揺れを強く感じ、親が学校に子どもを迎えにいくような状況で、帰り道も余震が続いて地面に座り込むようなことがありました。当時は毎日どのテレビチャンネルでも東日本大震災のことや、特定の広告ばかり流れていましたよね。あるとき、子どもたち2人はぬいぐるみを使って避難ごっこをしていたんです。「地震です、地震です」「警報です、津波がきます」と言いながら、布団を山に見立てて逃げるような遊びを何度か繰り返していました。こうして子どもは、自分の体験や気持ちを遊びで表現し、整理して、不安や怖さなどを克服していくのだと実感しました。


――子どもの遊びには、気持ちを表現して整理していく意味もあるんですね。


もうひとつ印象に残っている出来事があります。2004年におきたインドネシア・スマトラ島沖大規模地震による大津波が起きたときに、上の子が4~5歳の頃でした。ちょうどその後に、家族の海外転勤で家から少し離れたところに海がある場所に引っ越したんです。そのときに、上の子から何度も「ここに津波は来るのか」、「津波が来たらどうするのか」と食事の時間に聞かれました。


当時は、まだ子どもの惨事報道の影響などはあまり意識していなかった頃なので、日本のテレビで見ていた大津波にのまれる街中の報道が、この子にとってこんなに大きな影響だったのかとはじめてわかったんです。これは子どもなりに恐怖や不安を抱えていると、軽くみてはいけないと思いました。「海から家まではこれだけ離れているから、津波は来ないよ」「このお家は上まで登れるからそこに行けば大丈夫だよ」と、安心できるように何度も伝えました。「大丈夫」だと安易に言っていいのかと、悩まれる方もいるかもしれませんが、「私が一緒にいるから大丈夫」「こういうときはこう対処したら大丈夫」と具体的に伝えられるといいと思います。


うちの子どもの場合には、1~2週間ぐらいでだんだんと落ち着きましたが、このときに「なにを言っているの」とはぐらかしていたら、もっと長い期間この不安や恐怖の状態が続いたかもしれません。また、不安や恐怖が続く時間は個人差がかなり大きいものだと思います。

小学校や中学校進学前後の不安定な時期と共通して気をつけること

――小学校進学前後や、中学校にあがる前後での反抗期など、そもそも子ども自身も精神的に不安定になりやすい時期があるかと思います。これらと共通して気をつけることはありますか。


ケースバイケースなことも多いですが、子どもの心理的退行や反抗などの裏には、不安や恐怖、安心を得たいという感情があるかもしれません。たとえば、小学校にあがるタイミングでは心理的退行がみられることがあります。親としては、「もう、なにをやっているの」「これまでできていたじゃない」「しっかりしなさい」とつい言いたくなってしまうかもしれませんが、あまり強く言いすぎてしまうと、子どもの自己肯定感が下がり、自分はダメだという感覚になって回復が遅れてしまうことも考えられます。


「もしかしたら不安に思っているのかな」と気が付けるだけでも、親の接し方は変わると思います。特別なことをしようと考えすぎず、少しだけ背中を守ってあげられるような気持ちで対応できると、意外と子どもは大丈夫になっていきます。背中を守ってあげるというのは、話をしっかりと聞いて、気持ちに共感してあげる、こういうところはすごく頑張っているねと認めてあげるような声かけが、子どもの回復を助けてくれます。


――仕事をされているとなかなかゆっくりと子どもの話を聞く時間を取ることが難しい方もいるのではないかと思います。忙しいなかでもできることはありますか。


日常生活において、10分など短い時間でもいいんです。一緒にお菓子を食べるなど、お母さんやお父さんがほっと一息ついている様子を感じると、子どもは「実は…」と不安なことや悩みを言えたりします。これはある保育士さんから聞いた話ですが、小さいお子さんであれば、髪の毛をドライヤーで乾かしてあげたり、爪切りをしてあげたりしているそうです。そういうちょっとしたスキンシップの時間で、会話できることも大事だと私も考えています。


――惨事報道のことを、どう子どもに伝えていくか、普段そうしたことを考えているわけではない方も多いかもしれません。子どもにうまく伝えられるか、と悩んでしまいそうですが…。


そうですね。特別、専門的な話をする必要はないと思います。たとえば、戦争のニュースを見て、「お母さんは悲しい」「こういうことは間違っていると思う」「本当はみんな平和で暮らしたい」と、戦争というものをどう感じているか、どう捉えているかを伝えるだけでもいいんです。そういうことを言うか、言わないかが大事だと考えています。


また、無力感を抱き続けると、抑うつ状態になる可能性があります。ウクライナの戦争や能登の震災などで悲惨な状況の中にいる人がいるのに、自分がなにもできないと、大人でも無力感にさいなまれますよね。そのなかでも戦争を止めるためにこういう人たちが活動している、研究している人がいるということを伝えることも大事です。これは専門的な話でなくても抽象的でもいいので、少なくとも無力感にさいなまれておしまいにはならないように気をつけられるといいと思います。

テレビ報道以外の娯楽やSNSでの危険

――テレビの報道以外(過激なアニメ・映画、ゲームなど)で親が気をつけることはありますか。


アメリカのある研究では、暴力的なコンテンツを長期間観続けると、一部攻撃性への影響があるという報告があります。日本でもさまざまな研究があり一概には言えませんが、たとえば暴力的な場面を繰り返し見ると、プライミング効果(以前に経験した刺激により、その後の認知や行動が影響を受けること)によりそれが潜在記憶に入ってしまう可能性があります。こうした影響は概念形成の途中にある小さな子どものほうが受けやすく、暴力に対する抵抗感が薄れる恐れもあります。ただし、すぐに誰もがそうなるわけではなく、単純な結果ではありません。実際の出来事ではなくても、惨事報道と同じように長期的に繰り返し視聴することには注意が必要です。


今、特に心配なのは、SNSで震災や戦争の情報が流れてくることです。テレビやゲームのようなものは時間や場所である程度コントロールしやすいですが、自分用のスマホを持っている子どもは、親が細かい部分まで把握できない状況にあります。年齢に応じた閲覧制限をかけられるスマホもありますが、閲覧できる情報のなかには嘘やデマの情報も紛れ込んでいる点が厄介です。能登の震災では、倒壊した家の下敷きになって「助けてほしい」と訴える投稿が目立ち、なかには実在しない住所だった、デマだったものもありました。そうした点でもSNSの使い方に気をつけなければならないと思っています。


子どもがその悪影響を、自分で意識できるようになるといいですね。暴力的なコンテンツをずっと見てしまう場合、「これってなんでこんなに見てしまうのだろうね」と、親とその話ができることが理想です。一緒に話をするなかで、実はなにかから逃げたい気持ちがある、他人と自分を比較して不安になっているなど裏の理由があったりします。子どもがある程度大きくなったら、親がすべてを管理するのではなく、「あなたが目指したい将来像はなにか」、「そのために必要なことがあれば協力する」など、子どもの主体性を尊重するようにできるといいですね。子どもが決めたことに理解を示しつつ、一緒にプランニングできたほうが子ども自身の力になっていくと思います。

日常に戻ってくること、私たちの日常を大切にすること

――最後に、子どもを持つ親に対して、惨事報道との付き合いについてひとことお願いいたします。


子どもといろいろと話をするなかでも、日常に戻ってくることが大事だと思っています。惨事報道を見て、こころを痛める、無力感を抱く…、それでも、「今ここで私たちは私たちの日常を大切にしよう」という気持ちが大切です。その気持ちに対して、罪悪感を持つ必要はありません。今、目の前にあることを大切に生きることが大事だということは、子どもに限らず大人にも伝えたいことですね。子どもを心配するあまり、親が惨事報道を見て不安になってしまう、体調を崩してしまうといったことも少なくありません。親が不安に思っていると、それは子どもの不安にもつながります。


もっとも身近にいる親が安全・安心を感じていることがなによりも大切です。自分自身のセルフケアをこころがけ、惨事報道からの影響を受けすぎていないかなど、ご自身とメディアとの付き合い方をチェックしながら、日常を楽しむことを大切にして生活していきましょう。


<編集部より>

ティーペックは、自分や家族・子どものメンタルヘルスに関する悩みがあるときに、臨床心理士や公認心理師などの心理カウンセラーに相談できる『メンタルヘルス カウンセリングサービス』をご提供しています。お勤めの企業・健康保険組合や生命保険の付帯サービスなどで、サービスをご利用できる場合があります。

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日本プレイセラピー協会代表理事

本田 涼子(ほんだ りょうこ)

臨床心理士・公認心理師、日本プレイセラピー協会代表理事、NPO法人災害時こどものこころと居場所サポート副代表、元ユニセフ職員。精神科クリニックや民間心理相談室で、子どもや家族の心理カウンセリング、プレイセラピー、トラウマ治療を専門とする。

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ライター・白石 弓夏(しらいし ゆみか)
看護師兼ライター。15年以上看護師として病院やクリニック、施設等で勤務。2017年よりライターとして活動。現在は非常勤として整形外科病棟で勤務中。

参考

※当記事は、2024年6月に作成されたものです。
※当記事内のインタビューは、2024年4月に行われたものです。
※医師の診断や治療法については、各々の疾患・症状やその時の最新の治療法によって異なります。当記事がすべてのケースにおいて当てはまるわけではありません。

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