かつては、従業員の健康は自己管理の範ちゅうであり、会社が関与する問題ではありませんでした。しかし、少子高齢化、働き盛り人口の減少から、従業員の健康は、会社の競争力強化や存続にも関わる重要な課題となっています。そうした背景から、「健康経営」という考え方がクローズアップされるようになりました。従業員が心身ともに健康に働けるように、従業員の健康管理に配慮することは会社の重要な義務の一つであると同時に、経営戦略上も重要な取り組みとなっています。
目次
1.健康経営とは?
「健康経営」とは、「従業員等の健康保持・増進の取り組みが、将来的に収益性等を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること」(※)です。
健康経営は、日本再興戦略、未来投資戦略に位置付けられた「国民の健康寿命の延伸」に関する取り組みの一つでもあります。
健康経営の考え方に基づいた具体的な健康増進策は「健康投資」ともいわれ、また、「従業員への健康投資」は「人的資本に対する投資」ともいわれます。
(※)出典:経済産業省「健康経営の推進について」(令和4年6月)
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/kenkokeiei_gaiyo.pdf
2.健康経営による企業への効果
従業員等への健康投資を行うことは、企業にとってどのような効果があるのでしょうか。長期的なビジョンに基づく企業理念の下で健康経営を行うことには以下のような効果があり、それらの結果として、業績向上や企業の価値向上につながると考えられています。
(1)従業員の健康増進、活力向上
従業員の健康をサポートすることで、従業員の心身を良好に保ち、活力を向上することができます。
(2)優秀な人材の獲得・人材の定着率の向上
健康経営による働きやすい職場づくりは、優秀な人材の獲得に貢献します。女性従業員や高齢従業員が長く働ける職場づくりは、今いる人材を大切に扱うことになり、離職者防止、定着率向上につながります。
(3)組織の活性化・生産性の向上
従業員の心身の健康は、組織の活性化、一人一人の生産性向上につながります。
(4)企業の基礎体力の向上、成長ポテンシャルの向上
従業員一人一人が心身ともに生き生きと働き、各自の力を発揮できるということは、その総合体である企業全体の基礎体力を向上させます。
(5)健康経営企業に対する社会的評価の獲得
健康経営に積極的に取り組む企業姿勢は、他企業、金融機関、社会全体から高い信頼が得られます。
上記の結果として「業績向上、企業価値向上」が達成できます。
3.健康経営の背景
では、なぜ、健康経営が積極的に推奨されているのでしょうか?
その背景には、日本が直面している社会的な課題があります。
理由1 生産年齢人口の減少と従業員の高齢化
健康経営が積極的に推奨されている一番の理由は、高齢化による生産年齢人口の減少と従業員の高齢化です。
日本の将来推計人口の推移を見ると、生産年齢人口である15歳~64歳の人口減少は今後も続くと予測されています。
「令和4年版 少子化社会対策白書」によると、日本の総人口は2021年10月1日時点で1億2,550万人です。年少人口(0~14歳)は1,478万人、生産年齢人口(15~64歳)は7,450万人、65歳以上人口は3,621万人で、総人口に占める割合は、それぞれ11.8%、59.4%、28.9%となっています。現在の年少人口が少ないということは、将来の生産性年齢人口が減少していくということです。
このように、生産年齢人口が減少すると、人出不足が起こります。経験のある従業員の重要性も増し、できるだけ長く働いてもらうことが重要になります。
理由2 中小企業の慢性的な人手不足
中小企業の人手不足は深刻です。中小企業の場合、人手不足の原因は、生産性年齢人口の減少だけでなく、そもそも「求人の応募がない」、「離職率が高い」などがあります。
人手不足は、人件費増加などのコスト負担の上昇を引き起こし、企業の業績にも悪影響を与えることから、現在働いている人材を大切にすること、働き続けやすい職場をつくることを目指す「健康経営」を実践することが重要になります。また、「こういう職場で働きたい」と思ってもらえるような労働環境づくりは、求人を増やす策としても有効です。
理由3 増大する国民医療費への危機感
高齢化と医療の高度化によって、医療費は年々上昇しています。
厚生労働省の「令和3(2021)年度 国民医療費の概況」を見ると、令和3年度の国民医療費は45兆359億円でした。前年度の42兆9,665億円に比べて2兆694億円(4.8%)増加しています。
人口一人当たりの国民医療費は35万8,800円でした。前年度の34万600円に比べて1万8,200円(5.3%)増加しています。
現状のままでは、医療保険制度を支える国や保険者の財政はひっ迫し、「国民皆保険」の維持が危ぶまれる状況に陥ることが予想されます。
国はこうした状況に危機感を募らせ、従業員の健康の維持・増進に積極的に取り組む健康経営を事業者に奨励することで従業員の健康増進を進め、国民医療費を適正化したいと考えています。
健康経営の利点は、健康経営を行う企業の保険料負担を抑えるだけではありません。従業員やその家族、退職後の健康に大きな影響を与えることからも、また、国民医療費の抑制、社会保障制度の維持という観点からも大きな意味を持っています。
4.健康経営による従業員のメリット
(1)健康状態が改善する
健康経営により、従業員の健康課題が浮き彫りになり、健康増進策が実施されることにより、従業員の健康状態が改善します。
経営者が健康経営を宣言することで、社内に健康に留意する雰囲気が生まれ、健康に関心のなかった従業員も健康を意識するようになります。その結果、生活習慣の改善、運動不足の改善など、多くの従業員の健康状態の改善が期待できます。
(2)健康増進のサポートを会社から受けられる
忙しくて健康管理がおろそかになっていた従業員も、健康増進サポートを会社から受けられることで、健診受診や休暇取得など、自身の健康管理に意識を向けることができます。
(3)心身ともに良好な状態で働ける
従業員の心身の健康に会社が留意してさまざまな対策を取るため、従業員は心身ともに良好な状態で働くことができます。
(4)仕事に対するモチベーションが向上する
心身ともに良好なコンディションで働くことができれば、仕事に対するモチベーションが上がり、成果も上げやすくなります。
(5)社内の雰囲気が良くなる
従業員の健康状態が悪いと、社内の雰囲気も悪くなりがちです。従業員の健康状態が良好だと、お互いを思いやる余裕も生まれ、社内の雰囲気が良くなります。
(6)ワークライフバランスが高まる
ワークライフバランスとは、仕事と生活の両方を大切にする働き方や生き方を指します。健康経営は、「従業員の健康をサポートし、仕事とプライベートの時間のめりはりを利かせながら、しっかりと働いてもらおう」という考え方であるため、長時間労働なども是正され、多様な働き方ができるようになり、ワークライフバランスが高まります。
(7)企業に愛着を持てる
健康経営に取り組んでいる企業は従業員の健康を大切に考えているため、従業員は自分が働く企業に愛着を持つことができます。「自社のために頑張ろう」という思いを持ちながら仕事ができるのはうれしいことです。
5.まとめ
健康経営とは、従業員の健康増進の取り組みが企業の収益性を高める投資であると考えて、経営的な視点から戦略的に従業員の健康保持・増進に取り組むことです。
健康経営による企業への効果は、従業員の活力向上、生産性の向上、組織の活性化などがあり、結果として企業の業績向上につながります。
従業員にとっては、自身の健康状態が改善するだけでなく、健康で生き生きと働ける職場環境が整うなどの利点があります。
健康経営は、高齢化による生産年齢人口の減少、人手不足、増大する医療費など、現在の日本が直面している社会問題の解決策としても注目されています。そのため、多くの企業が「健康経営」を実践し、働き盛り世代の健康を守り、健康寿命の延伸に寄与することが求められています。
原稿・社会保険研究所Copyright
参考
- 経済産業省「健康経営の推進について」 (令和4年6月)
https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/healthcare/downloadfiles/kenkokeiei_gaiyo.pdf - 内閣府「令和4年版 少子化社会対策白書」
https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/12772297/www8.cao.go.jp/shoushi/shoushika/whitepaper/measures/w-2022/r04pdfhonpen/r04honpen.html - 厚生労働省「令和3(2021)年度 国民医療費の概況」
https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-iryohi/21/dl/data.pdf
※当記事は、2024年3月に作成されたものです。
※医師の診断や治療法については、各々の疾患・症状やその時の最新の治療法によって異なります。当記事がすべてのケースにおいて当てはまるわけではありません。
※「健康経営(R)」は、NPO法人健康経営研究会の登録商標です。
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