心身の健康を高める

ウェルビーイングがビジネスパーソンにもたらす効果とは?【専門家インタビュー】

新型コロナウイルス感染症や紛争、世界的なインフレによる物価高など、さまざまな問題が発生している昨今、将来について漠然とした不安を抱えているビジネスパーソンも多いでしょう。大きな不安はストレスとなり、ときに業務パフォーマンスにも影響を及ぼします。このような中でも、いきいきと働き幸せに生きるための大切な考え方の1つが「ウェルビーイング」です。ビジネスパーソンが知っておきたいウェルビーイングについて、日本におけるウェルビーイング研究の第一人者である、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の前野隆司教授に話を聞きました。

ウェルビーイングとは?

――ウェルビーイングとはどのようなものなのでしょうか。

ウェルビーイングは、日本語で「健康」または「幸福」と訳されることの多い言葉です。WHO(世界保健機関)が、1946年に健康の定義の中でこの言葉を用いたことが発祥といわれています。このときWHOによると広義の健康とは、「身体的・精神的・社会的に良好な状態(well-being)」と記されています。単に病を患っていない状態ではなく、心身ともに充実して、社会的にも良い状態が広義の健康です。辞書でwell-beingを調べると、「健康」「幸せ」のほかに「福祉」とも書かれています。個々人が心身ともに良い状態で、社会も福祉も良い状態をつくるための活動全般がウェルビーイングといえます。

こころが幸せな状態を維持することは、身体的な健康や長寿を目指すためにも重要なことです。身体的に健康な方は、こころも幸せな傾向にあることがこれまでの研究でわかってきています。将来にわたってウェルビーイングを維持するためにも、身体的な健康だけでなくこころの健康にも取り組むことはとても重要です。

――ウェルビーイングが世界的に注目されている理由は何でしょうか。

その理由は2つあると思います。

1つ目の理由に、主観的幸福感研究という分野での研究成果があります。これは1980年代ごろから行われている研究で、簡単に説明すると「どのような人が幸せか」を明らかにするものです。この研究では、感謝する人や自己肯定感が高い人、やる気のある人、孤独ではない人などが幸せであることがわかっています。

また、幸せな人は離職率や欠勤率が低い、業務パフォーマンスが高いといったことも、研究によりエビデンスが得られています。働くためにも生きるためにも、幸せな状態が重要であるということが研究により明らかにされたので、ウェルビーイングを目指そうという機運が高まってきているのではないでしょうか。

2つ目の理由として、日本国内でいえば、日本は幸福度が先進国の中で最下位というデータがあるほど、幸福度の平均値が低い状態にあることが挙げられます。日本の国民は幸福度、自己肯定感、やる気が低いことが、世界の比較データからも明らかにされています。

社会が成熟すると、金銭や物質的な豊かさでは幸せを感じづらくなります。そうすると、個人の幸せに寄与するものが、物質的なものではなく情緒的な価値ややりがい、他者とのつながりなどへと変化していきます。今の時代のウェルビーイングには、こころの豊かさにつながることがらを増やしていくことが重要です。

「日本人はもっと幸せになった方がいい」という社会的機運の高まりもあり、こころの豊かさに関するウェルビーイングに高い関心が寄せられているといえるでしょう。

ウェルビーイングに重要な幸せの4つの因子

――ウェルビーイングを目指すためには、どのようなことを意識したらいいですか?

ウェルビーイングの中でも、特にこころの幸せは「目指すと高まる」ものです。身体の健康を維持・向上しようとしたとき、運動不足ならジョギングをする、栄養が偏っていればバランスの良い食事をとる、といったことと同様に考えられます。やる気が出ない、孤独を感じるなど、幸せを感じづらい状況になっているときには少し行動してみましょう。

例えば、人と会ってみる、新しいことにチャレンジするといった具合です。ジョギングも始めるまでは少し面倒に感じるかもしれませんが、いざ走ってみると爽快ですよね。それと同じで、人と会うことを面倒に感じていても、実際に会って話すうちに気持ちが楽になります。

何も予定がなかった週末に人と会うことで、「週末は何もやる気が起きず、一日中寝てしまっていた」「無駄な時間を過ごしたかもしれない」と自己嫌悪に陥ることもなくなるでしょう。


積極的に人と話す、人とのつながりを持つ、ワクワクするような新しいことをする。これらは、身体の健康に気をつけるのと同じように、こころを豊かな状態にしていくというスキルです。

このようにして、ウェルビーイングを目指す際に重要なのが、「幸せの4つの因子」への理解です。

――「幸せの4つの因子」について、詳しく教えてください。

私の研究室で行った「幸せの因子分析」によって、次の4つが幸せに影響する要因であることがわかりました。

1.やってみよう!因子:自己実現と成長の因子

目標達成に向かって主体的に学び成長したいと考え、「やってみよう!」と行動できる人。

2.ありがとう!因子:つながりと感謝の因子

家族や友人、知人とのつながりの中で日々「ありがとう!」と感謝できる人。


3.なんとかなる!因子:前向きと楽観の因子

前向き・楽観的に「なんとかなる!」と気持ちを切り替えられる人。


4.ありのままに!因子:独立とあなたらしさの因子

他人と比較せず「ありのままに!」と自分らしく生きられる人。


このように、4つの因子を満たしている人は幸せです。幸せの4つの因子を普段から意識して思考・行動することで、自分を幸せな状態に導けます。

――幸せの4つの因子は、どのようにして獲得していけばよいのでしょうか。

孤独、寂しさ、社会貢献度の低さを感じると、「自分は役に立てていない」と思うことがあります。ついには「生きている意味があるのだろうか」と考え、幸福度が低い状態になってしまいます。

自分の仕事について考えたときに目の前のことだけに焦点を当てると、世の中の役に立っているのか疑問に感じてしまうことがあるでしょう。視野を広くして、さらに多くの物事を俯瞰して考えると、社会に貢献していることがわかります。そうすれば、仕事に対するやる気も湧いてきます。主体的に取り組み、利他的な視点を持つようにしましょう。

人とのつながりを持ち、そのつながりに対して感謝する気持ちも大切です。家族や友人、知人、同僚、上司、さまざまな人に対して感謝の気持ちを持ちましょう。つながりを感じることで孤独感が解消され、感謝によってつながりをより強く感じられます。

考えすぎることによってネガティブな感情が生まれているときには、「きっとなんとかなる」と気持ちを切り替えて、新しいことにチャレンジすることが大切です。仕事に限らず、趣味でもよいのです。

そうして、他者と比較するのではなく、今のありのままの自分を受け入れ行動します。他者との比較によって羨望や妬みの感情が生まれたとき、人は不幸を感じやすくなります。ありのままの自分で生きられるよう、自分に意識を向けてみましょう。

ウェルビーイングがビジネスパーソンにもたらすメリット

――ビジネスパーソンがウェルビーイングを高めることで、どのような効果が期待できますか?


幸福感とパフォーマンスには大きな関係があります。ウェルビーイングの高い状態の人は、そうでない人と比較して創造性が3倍高く、生産性が3割高く、離職率・欠勤率がともに5割前後低いということが研究で明らかになっています。

なぜこのような良い状態が生まれるのかというと、「幸せな人は視野が広い」ことが背景にあります。視野が広い人は、例えば何か新しいことを始めようとしたときに、たくさんのアイデアが生まれやすかったり、やる気にも満ちあふれていたりします。そして心身ともに充実している幸せな人は、悩まずに、まずやってみようと考えて前向きに行動できるのです。

一方で、視野が狭い状態では萎縮してしまい、思い悩むことが多く、やる気もしぼんでしまいがちです。「どうして」「なぜ」と悩むことに時間を取られてしまい、行動につながらないことがままあります。この差が、創造性や生産性に反映されていると考えられます。

――ウェルビーイングは職場での人間関係やチームでの業務にも良い影響を与えてくれそうですね。

幸せの4つの因子を満たす幸せな人は、人間関係も良好な傾向にあります。社内での人間関係が良いと仕事も任されやすいなど、よりチャレンジしやすい環境が生まれます。チャレンジが成功すれば自己肯定感が高まり、さらに「やってみよう!」と前向きな気持ちにもなるでしょう。

また、管理職が4つの因子を満たしていれば、部下とのつながりに感謝して、やる気を持ってチャレンジする環境づくりに寄与するでしょうし、それぞれの個性を生かして働けるよう動いていくでしょう。

4つの幸せの因子を管理職が理解することで、部下が幸せな状態にあるかをチェックすることもできます。主体的に動いているか、チーム間で感謝ができているか、やる気を持ってチャレンジできているか、それぞれの個性を生かして業務に取り組んでいるか。どれかの因子が欠けているのであれば、管理職はそれを補い高められるよう働きかけることができます。

新型コロナウイルス感染症が流行した際、職場でのコミュニケーションの変化がビジネスパーソンのメンタルヘルスにも影響を及ぼしました。私が行った調査では、所属意識を感じられない、相談できる人がいない、人間関係が希薄など、マイナスの影響を感じる人がいたことがわかっています。

とはいえ、そのような中でも幸福度を高めているビジネスパーソンもいます。管理職は、1on1ミーティングを実施する、ミーティング前に雑談の時間を設けるなど、オンラインでもつながりを感じられるコミュニケーションを心がけ、施策を検討・実施してみましょう。

こころの健康にも目を向け充実した人生を

――最後に、これからウェルビーイングを目指したいビジネスパーソンに向けてメッセージをお願いします。


前述したように、ウェルビーイングの中でも、こころの幸せは目指せば高まるものです。

身体の健康を考えて、運動や食事に気をつかい、よく眠るよう心がける、このようなことには多くの方がチャレンジしています。しかし、「幸せに気をつけて、より幸せになる」という部分は、今まであまり考えられていなかったのではないでしょうか。

身体のために、運動をしてバランスの良い食事をとり、睡眠をとるのと同じように、幸せの4つの因子を意識してみてください。やりがいを持って取り組み、ありがとうと感謝して人とのつながりを大切にし、なんとかなるとチャレンジして、ありのままに過ごすようにしてみましょう。

すぐにすべてに取り組むことは難しいかもしれません。少しずつでよいのです。週末、時間があるときには新しいことに3分だけチャレンジしてみることも効果的です。また、ネガティブな感情が生まれたときには、リラックスすることを心がけてください。一度ネガティブな感情の原因から離れて、距離を置き、リラックスしてから自分を整え、また取り組むようにしましょう。

人間として生まれたからには、幸せに生きて、幸せに人生を終えたいですよね。ウェルビーイングを知らずに、「自分の人生は何だったんだろう」と思いながら生きることは本当にもったいないと思います。

「幸せ」がなぜ良いのか、さまざまな研究から明らかになってきています。それぞれがコツコツと幸せに向かって取り組むことで、幸せな世界をつくれたらと願っています。ぜひ、みんなで幸せになりましょう。

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≪執筆者プロフィール≫

ライター:髙橋 みゆき(たかはし みゆき)

2016年よりライター・編集者。各種民間保険、介護、医療、ITなど幅広いジャンルの記事を企画・執筆。

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インタビュイープロフィール

前野 隆司(まえの たかし)

1984年東京工業大学卒業、1986年同大学修士課程修了。キヤノン株式会社、カリフォルニア大学バークレー校訪問研究員、ハーバード大学訪問教授などを経て、現在慶應義塾大学システムデザイン・マネジメント研究科教授兼慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長。博士(工学)。専門は、システムデザイン・マネジメント学、幸福学、イノベーション教育など。

参考

  • 前野隆司『実践 ポジティブ心理学 幸せのサイエンス』PHP研究所、2017年

※当記事は、2024年3月に作成されたものです。
※当記事内のインタビューは、2024年1月に行われたものです。
※医師の診断や治療法については、各々の疾患・症状やその時の最新の治療法によって異なります。当記事がすべてのケースにおいて当てはまるわけではありません。

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