いまや仕事やプライベートでの必需品であり、退屈な時間を解消するのにも便利なスマートフォン(スマホ)。ですが、ついついSNSなどスマホの画面を見続け、いつしか手放せなくなっていることはないでしょうか。そんな「スマホ依存」の状態になったら、どうやって抜け出すことができるのか、子どもの脳の発達やゲーム障害に詳しく、著作も多い東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター・センター長の瀧靖之氏に話を聞きました。
目次
スマホ依存とはなにか
――スマホ依存とはどのような状態を指すのでしょうか?
スマホ依存という疾患名は現在まだありませんが、ネットゲームへの依存が「ゲーム障害」としてWHO(世界保健機関)による国際疾病分類に追加されています。その定義がスマホ依存にもおおよそ当てはまると思います。
ゲーム障害というのは、ゲームをする衝動が止められない状態ですが、これをスマホに置き換えると、スマホを操作する衝動が止められない、またそれによって家庭、社会、学習、仕事などさまざまなことに影響が出てもやはり衝動を抑えることができない、という状態と考えられます。スマホが手元にないと落ち着かず、一日中スマホについて考えているのがスマホ依存と思われます。
――スマホ依存の人が増加した背景は何でしょうか?
さまざまな原因があり一概に言うことは難しいのですが、第四次産業革命であるIT技術の発達で、いろいろな情報に簡単にアクセスできるようになったことがあると思います。特にスマホの登場は画期的で、例えば昔はコンピュータゲームをやろうとすれば、まずパソコンを立ち上げるという作業がありましたが、スマホにはそれがありません。作業的な障壁が減ったことも原因として考えられます。
もう1つ考えられるのは、例えばSNSなどが顕著な例の1つですが、ゲームの「一面クリア」のような区切りというか、ゴールがないことでしょうか。1つの動画を見終わっても、次から次に「おすすめ動画」が出てくる。ですから使う人の心理として区切りがつけられず、エンドレスにスマホを使ってしまうということもあると思います。またおすすめ動画などの表示方法は一見アトラクティブ(魅力的)で、人の好奇心を掻き立てるものがあります。
スマホ依存による弊害
――スマホ依存に脳科学的な原因はありますか?
脳科学的に言うと、人には「情報探索行動」というものがあります。簡単に説明すると、人はスマホニュースなどで情報を探す場合、実際に情報を見つけるよりは、「なにか面白い記事があるんじゃないか」と探している時のほうが、わくわくして脳内にドーパミンが出る状態になっていると考えられています。これを「予期期待」といいます。こういった人間の特性が、スマホ依存につながっているとも思われます。
他にはコミュニケーションの問題でしょうか。例えば少し前の研究では、高校生の多くはスマホをコミュニケーションツールとして使用することがわかっています。ですが、本来のコミュニケーションというのはスマホ上の文字(言語情報)だけではなく、リアルな状況で表情や仕草、声の雰囲気などいろいろな非言語情報をやりとりすることで、情報だけでなく感情も伝えるものだと考えられています。
それにもかかわらずスマホを使った言語情報だけでコミュニケーションをとっていると、非言語的な情報が伝わらず、お互いがどのような感情を抱いているかわからないのです。ですからスマホをコミュニケーションツールとして使えば使うほど、「相手の気持ちが伝わらない」「自分の気持ちをもっと知ってほしい」と欲求不満になり、逆に孤独を感じることもあるでしょう。
――スマホ依存による弊害を教えてください。
ネットゲームなどもそうですが、スマホにのめりこむことによって注意力が散漫になることがあります。先ほどもお話ししたように、コミュニケーションの面で孤独感が高まり、幸福度を下げることも挙げられるでしょう。
誰しも自分には、楽器が得意だ、運動神経が良い、といったようなささやかな自信がありますよね。ですがSNSには、ピアノや体操などがとても得意な人が上げている動画が溢れています。SNS特有の問題としては、スマホを持つまでは周囲で出会わなかったはずの人を見てしまうことで、持っていたささやかな自信がなくなり、自分への主観的幸福感、つまり自己肯定感を下げることになってしまっているのではないでしょうか。
――脳科学的、健康的な弊害もありますか?
子どもの脳の発達や、高齢者の認知症予防という観点からいうと、基本的なことですが睡眠や運動が重要です。スマホによってその時間が奪われてしまうことは、一番の弊害と考えられるでしょう。先ほどお話ししたリアルではないコミュニケーションを続けると、脳の発達や認知症にかかわってくる部分もあると考えられます。ただ、スマホは登場してからまだそれほど時間が経過していませんので、脳への影響などの本格的な研究はこれから多くの報告が出てくると考えられます。
スマホ依存から抜け出すには
――自分自身がスマホ依存になった時、どのような方法で気づき、抜け出すことができるでしょうか?
最初にお話しした「ゲーム障害」のような状態が、スマホに関して一定程度継続していることが、「スマホ依存」の状態の一つの目安として考えられます。現状、厳格な定義がない分、どう抜け出すかも難しい部分があると思います。デジタルデトックス(一定時間スマホやパソコンなどのデジタルデバイスから離れること)もよく耳にしますが、現在の忙しい社会に暮らしていれば、例えば「スマホを手放して1週間キャンプに行く」ことなどは簡単にできることではありませんよね。
そもそも、スマホは絶対にいけないものだと考えて遠ざけるものでもないと思います。楽器の弾き方であったり、運動のやり方であったりなどは、動画を見るととても参考になります。ですから、そういう利点は活かして、良い相棒として付き合えば、とてもいいツールです。
私が大事だと考えているのは、そのようにスマホとも良い距離を保って付き合うことです。その上でリアルな活動、つまり実際に楽器を弾いてみたり、運動をしてみたり、家族や友人とリアルなコミュニケーションをとったりすることを織り交ぜながら生活を送ることが大切ではないでしょうか。
――自分の子どもがスマホ依存になった時は、どうすれば良いでしょうか?
それは自分自身がスマホ依存になった時のことを、お子さんに当てはめていけばいいのではないかと思います。具体的には、やはりリアルな活動を生活に取り入れていくことです。また医学・脳科学的にも、スマホの使い過ぎが脳の発達という面で悪影響があると考えられることは、先ほどもお話ししたとおりです。それに対しデジタルデトックスを行う、例えばスマホを使わず自然の中で過ごすことで、相手の気持ちを理解する共感性が高まるという報告もあります。
親から働きかけられることといえば、家族の会話の時間を少し増やすだけでも、発達に良い影響があることがわかっています。私も息子とやっているのですが、一緒にリアルな体験をするために、自然の中に遊びに行って、釣りや昆虫採集などをしてみてはどうかと思います。しかしここでも重要なのは、大人と同じで、スマホを使うことを完全に禁じるといったような対応をしないことです。ゆっくりでもいいので、リアルな体験に使う時間も大事にするように意識することが重要だと考えています。
――最後に、スマホ依存である、またはそうかもしれないと悩んでいる人に向けて、メッセージをお願いします。
自分がスマホ依存だと考えて、「今日は絶対使わない」と無理をすることは逆効果だと考えています。心理学の実験ですが、「シロクマのことを考えないでください」と被験者に伝えると、逆にシロクマのことを考えてしまうという結果があるんですね。それと同じで「スマホ禁止」と頭にあればあるほど、逆にスマホのことを考えてしまうと思います。
繰り返しになりますが、スマホもツールとしてうまく利用しつつ、人と対面のコミュニケーションをとる、おいしいものを食べる、運動をする、自然に触れるといった、リアルな体験をする時間を少しずつでも増やしていって面白いと感じることが、依存の状態から抜け出すのに役立つと考えています。
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≪執筆者プロフィール≫
ライター・小南 哲司(こみなみ てつじ)
医療系出版社勤務を経て2022年よりライターに。医療分野の記事を中心に執筆。
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インタビュイープロフィール
瀧 靖之(たき やすゆき)
東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター センター長
東北大学加齢医学研究所 教授
東北大学発スタートアップ 株式会社CogSmart 代表取締役
医師 医学博士
東北大学加齢医学研究所及び東北メディカル・メガバンク機構で脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達や加齢のメカニズムを明らかにする研究者として活躍。読影や解析をした脳MRIは、これまでにのべ約16万人に上る。
「脳の発達と加齢に関する脳画像研究」「睡眠と海馬の関係に関する研究」「肥満と脳萎縮の関係に関する研究」など多くの論文を発表している。
著書は、『生涯健康脳』(ソレイユ出版)、『「賢い子」に育てる究極のコツ』(文響社)、『回想脳』(青春出版社)、『脳医学の先生、頭が良くなる科学的な方法を教えて下さい』(日経BP)始め多数、特に『生涯健康脳』、『賢い子に育てる究極のコツ』は共に10万部を突破するベストセラーとなり、海外でも複数カ国語で翻訳本が出版されている 。テレビ東京「主治医が見つかる診療所」、NHK「NHKスペシャル」、「あさイチ」、「チコちゃんに叱られる!」、Eテレ「バリューの真実」、TBS「駆け込みドクター!」など、メディア出演も多数。
※当記事は、2024年2月に作成されたものです。
※当記事内のインタビューは2023年12月に行われたものです。
※医師の診断や治療法については、各々の疾患・症状やその時の最新の治療法によって異なります。当記事がすべてのケースにおいて当てはまるわけではありません。
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