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“がんばる”より“回復する”を選べるようになったお守りコトバ——学校や子育て現場に必要なこころのヘルスケア方法とは

公開日:2025.11.25

わたなべゆきこさん(以下、ゆきこ先生)は、SNSで“コトバ”を発信する先生アドバイザーとして、教育関係者のInstagram運用サポートや執筆活動に取り組んでいます。著書に『学校がしんどい先生たちへ それでも教員をあきらめたくない私の心を守る働き方』(KADOKAWA, 2023)があり、Voicyチャンネル「心が軽くなる職員室」では音声コンテンツの発信も行っています。ゆきこ先生が「コトバ」の発信をライフワークとするようになった背景には、さまざまな経験がありました。現在、ティーペックが実施している、「あの時心が救われた先生からの言葉とエピソード」を募集する『先生からもらったお守りコトバ』企画にも関わっており、多くのアドバイスを寄せています。今回は、ゆきこ先生が現在の活動に至るまでの道のり、そして“こころのヘルスケア”についての思いを、教育現場に立つ先生として、また子育て中の親としての視点から、ざっくばらんに語っていただきました。

ゆきこ先生を救ったコトバその1.妊娠中に感じた孤独と、校長先生の支え「学校に来るか、休むか、来て校長室でお茶するか、どれにする?」

笑顔で話すわたなべゆきこさん

小学校で教員をしていた時のことです。妊娠中にじんましんが出て、午前休を取り病院へ行きました。たまたま担当医ではない日で、不安や心配ごとをうまく伝えられず、医師から「こんなことで来て、どうしてほしいの?」と言われました。そのコトバは私にはとても冷たく感じられ、「どうしてこんなことになってしまったのだろう」と自分を責めてしまいました。


「結局、不安は自分ひとりで抱えるしかないんだ」と思い、半ば投げやりな気持ちで病院を後にしました。午前休と伝えてしまった以上、午後は出勤しなければと考える一方で、気持ちが不安定なまま教室に立つ自信もなく、泣きながら校長先生に電話をかけました。


「こんなことを言われてしまいました。とても不安な気持ちのままです」と、途切れ途切れに話しました。行かなければならないことは分かっている、でも今は気持ちが落ち着かない。落ち着いたら行こうと思う——そんなふうに、正直な気持ちを伝えました。


その時、校長先生はこう言ってくれました。「午後に来たほうが気持ちが楽なら、それでいいよ。このまま休むほうが楽なら、それもいいし。あるいは校長室に来て、お茶でも飲みながら話す?」


私は「休みます」と答えました。ありがたかったのは、ユーモアも交えた3つの選択肢を示してくれたこと、そして翌日、何も言われなかったことです。「大丈夫だった?」というコトバさえもありませんでした。“なかったこと”としてそっと扱ってくれたおかげで、その日の休みがこころの負担にならずに済んだのです。

ゆきこ先生を救ったコトバその2.「こころに鉄筋コンクリートが落ちてきただけ。事故です。」——適応障害の比喩

笑顔で話すわたなべゆきこさん

適応障害で休職した経験があります。今振り返ると、最初のサインは「ずっとのぼせている感じ」「暑さが引かない感じ」でした。コロナ禍や職場環境のせいだと自分に言い聞かせ、体調不良をなんとかやり過ごしていたものの、次第に集中力が落ち、凡ミスが増え、作業のペースも落ちて残業が増える……という悪循環に陥っていきました。


夜の職場の切羽詰まったような空気にもなじめず、家やバスの中で理由もなく涙が出るようになり、「これは少し危ないかもしれない」と自覚するようになりました。決定的だったのは、ある日、同僚に呼び出され、「大丈夫じゃないよね?」と声をかけてもらったことです。そのあたりから、化粧や着替えといった身支度すら難しくなり、出勤できない日が続きました。


いわゆる「適応障害」の症状は人それぞれですが、私にとっては「のぼせ感」「集中力の低下」「理由のない涙」が、今思えば異常のサインだったのだと思います。


適応障害と診断され、休職が決まった時、事務手続きの連絡を校長先生にした際、「申し訳ありません。休みますが、自分にできることがあればやります」と伝えると、先生はこう言ってくれました。


「道を歩いていて鉄筋コンクリートが足に落ちてきた人に、上半身が動くからといって仕事をさせるでしょうか?あなたは“心に鉄筋コンクリートが落ちた”状態なんです。動ける気がしても、今は事故に遭ったのと同じこと。『申し訳ない』なんて思わなくていいんですよ。骨折したら、まずは治すしかありません」


さらに先生はこう続けました。


「親の立場でも同じことを言います。今までよく頑張ってきたね。いったん休んでもいいし、やめてもいい。あなたが元気になってくれればそれでいい。ご家族もきっと、そう思っていますよ」


このコトバに背中を押され、「今はしっかり休むことが最優先なんだ」と、ようやく腑に落ちました。「やらなきゃ」と思い詰めていた気持ちを、そっと手放すことができたのです。そのおかげで、結果的におよそ1か月で復帰できたと感じています。

休養期にやったことは生活リズムと小さな楽しみ。こころのヘルスケアは相手との距離に「クッションを置くような工夫」

休養中は、夜に寝て朝に起きるという基本的な生活リズムを最優先にしました。お気に入りのカフェで本を読む時間もつくり、自分の興味に素直になることを意識して過ごしていました。


当時は自己啓発系の本をたくさん読んでいて、中でもコピーライター・阿部広太郎さんの著書(『それ、勝手な決めつけかもよ? だれかの正解にしばられない「解釈」の練習』など)に大きな影響を受けました。そのご縁で講座に参加し、仲間ができて、今でも一緒にワークショップに参加するなど、つながりが続いています。


ちなみに、気分や“コトバ”にちなんだドリンクを提供するスタンドも出しています。自分にとって「コトバ」が大切なものだと、あらためて実感するきっかけにもなりました。

ドリンクスタンド「stand 2185」
<「いまの気持ちが味になる」ドリンクスタンド「stand 2185」。 その時の感情にぴったりなドリンクを提供。2185の由来は 「人の抱く感情の数」を示しているとか。2024年からコクヨカルチャースナックで出展しています>

復職後も、いきなり鋼のメンタルで完全復活!……というわけにはいきませんでした。いわゆる“お局さん”のような、強い言動をする人に圧倒される場面もありました。最初はまじめに向き合おうとしてこころがすり減ってしまっていたのですが、だんだんと、相手との距離を保つための小さな工夫ができるようになりました。


たとえば、相手を“魔獣”、自分を“勇者”と見立てて、内心でそう呼ぶことで、ユーモアを交えながら受け流す方法を試してみたり。「大人なんだから」と完璧を求めるのではなく、誰も傷つけない範囲で、ちょっとした“おもしろがり方”を取り入れることで、自分のこころにクッションを作る感覚です。


また、私は仲の良い友人と「成仏ルール」を作っています。どうしても一人では処理しきれない“もやもや”がある時には、「成仏したい話があるんだけど、いい?」と前置きして、友人に話を聞いてもらいます。それはまるで“お焚き上げ”のように、行き場のない気持ちを静かに手放す儀式のようなもの。ネガティブな話って、聞く側もしんどくなりがちなので、「ただ聞いてほしいだけ」という合図をあらかじめ出すことで、安心して話せるんです。


一人で抱え込まずに、コトバにして誰かに伝えることで、出来事と自分の間に少し距離が生まれ、まるで他人事のようにとらえ直せる。そのことで、こころがふっと軽くなる感覚があります。

ゆきこ先生のお守りコトバ「神妙な顔で“病院へ行ってきます”と言って休み、美容院に行きなさい」

もうひとつ、私にとってこころの支えになっている“お守り”のようなコトバがあります。それは新人時代、定年退職を迎える養護教諭の先生にかけてもらったコトバです。


「あなたたちは教員人生が長いんだから、覚えておきなさい。疲れた時は、神妙な顔をして“病院に行ってきます”と言って、美容院に行くのよ。結局、それがいちばんこころが軽くなることもあるんだから」


当時は半分冗談のように受け取っていましたが、のちにこのコトバの意味がよく分かるようになりました。毎日、全力投球で走り続けていると、こころも体も知らないうちに消耗してしまいます。だからこそ「本当に病院に行く状況になる前に、ちょっと立ち止まって、自分を休ませてね」という、優しいメッセージだったのだと感じています。

わたなべゆきこさんがSNSで配信している“お守りコトバ”たち
<SNSで配信している“お守りコトバ”たち(ゆきこ先生のinstagramより)>

夜中のSNSや検索には気をつけろ!——情報との距離感、子育ては情報洪水——正解探しを手放す

SNSで情報発信を始めたことで、さまざまな人とつながり、たくさんの情報を得られるようになりました。一方で、SNSという“情報の海”には注意が必要だと、身をもって感じています。


私自身の体験ですが、ある夜、子どもの絵本を探していました。「6か月 絵本 読み聞かせ」と軽い気持ちで検索したはずが、いつの間にか「6か月 絵本 読み聞かせ 発達障害」といった不安をあおるキーワードへ次々と誘導され、深夜に延々とスクロールしてしまいました。夜という時間帯もあり、気分はどんどん沈んでいって——。


こころのヘルスケアの観点からも、「夜は寝る」「深夜の投稿は見ない・書かない」などのルールはとても有効だと実感しました。


子育て中は、「正解」を求めるあまり、つい情報を取りすぎてしまいがちです。離乳食、発達、遊び方……役立つ情報がある一方で、SNSは知らず知らずのうちに、過剰な比較や不安の種になっていることもあります。特に、コトバの通じない赤ちゃんと日中ずっと2人きりで過ごす時間は、孤独感を強くする要因にもなります。


だからこそ、「夜は寝る」「検索は時間を区切る」「つながる相手を選ぶ」といった“小さなルール”が、こころのセルフケアとしてとても大切です。


深夜2時の長文投稿を見かけたら、「もう寝よう」のサイン。朝になってから考え直したほうが、ずっとラクに解決に近づけることが多いんです。

知っておきたい「リアル相談先」。AIに相談しても、人に話しに来る?相談“二刀流”の時代がやってきた

電話健康相談や心理カウンセリングなどのサービスは、“事故”が起きてから使うのではなく、“お守り”のようにあらかじめ知っておくのがおすすめです。


「眠れない」「職場のことを考えると気分が落ちる」——そんな軽い入口から話し始めても大丈夫。必要に応じて専門家につないでもらえることもあり、安心です。


最近では、SNSで気軽に相談できるようになった一方で、誰でも“助言者”になれてしまうというリスクもあります。特に心身の健康に関わることは、正確で信頼できる情報が大切です。そのためにも、適切な専門窓口を知っておくことが、自分にとっても、まわりの人にとっても、安全で確かな備えになります。


「電話はちょっと苦手」「AIのほうが気軽に相談できる」という声も多くなってきましたが、それでも健康相談サービスのような「人への相談」の価値がなくなるわけではありません。


私には中学生の娘がいます。娘は、悩みがあるとまずChatGPTのようなAIに相談します。AIはやさしく受け止めてくれて、耳ざわりの良い励ましがほしい時、あるいは気持ちを論理的に整理したい時など、状況に応じて使い分けられるのが、とても便利な点だと感じます。


それでも最終的には、娘は私のところへ話しに来ます。自分の声で伝える時に生まれる“体験のニュアンス”や、話の“関係性の文脈”、沈黙に込められた“気配”のようなもの。そういったものは、やはり「人に話す」ことでしか共有できないのではないでしょうか。


AIで気持ちを整えて、人に話して確かめる——この“二刀流”こそ、いまの子どもたちにとって自然なメンタルケアのスタイルなのかもしれません。


私自身も、SNSでメンタルについての相談を受けた時に「健康相談ができる付帯サービスというものがありますよ」と、ティーペックさんのサービスを紹介したことがあります。すると、その方はすぐに利用していました。


「知らなかっただけ」で、実は多くの人が、知ればちゃんと使いこなせるのだと思います。相談先を知ることで、ひとつの安心が生まれ、こころのケア方法を自分なりに確立していけるようになるのだと感じています。


“お守りコトバ”を持つこと。
相談先を知っておくこと。
深夜の検索を避けること。


小さな工夫の積み重ねが、こころを守る大きな力になります。頼れるものは、どんどん使って。自分なりの「こころのヘルスケア」を大切にしていきましょう。


<関連記事>健康相談サービスって何?

わたなべ ゆきこ

現役小学校教員で二児の母。がんばりすぎてある日突然学校に行けなくなってしまった過去から、職員室で苦しんでいるけど、みんなが忙しい状況の中でなかなか言い出せない現状を変えたいと感じるように。同じ想いを持ちながらがんばっている先生たちに向けて、学校での体験や自身の経験に基づくアドバイスをInstagramで投稿したところ話題となり、SNSフォロワー数は6万人以上。現在も、悩みを抱える先生たちの助けになれたらという想いから、SNS、講演等で積極的に発信を続けている。
Instagram@yukikosan.t

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インタビュー・文:大井美深(ティーペック株式会社広報)
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※当記事は、2025年9月に作成されたものです。
※当記事内のインタビューは、2025年9月に行われたものです。
※当記事は個人の体験談に基づくものです。
※医師の診断や治療法については、各々の疾患・症状やその時の最新の治療法によって異なります。当記事がすべてのケースにおいて当てはまるわけではありません。

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