48歳のとき、食道がん(ステージ3)と診断された髙木さん。まさか自分が、と驚きながらも、主治医から「あなたの場合、お酒が原因と思ってください」と言われ、一気に人生を見直すことになりました。生存率30%※という厳しい現実と向き合いながらも、「打率3割って強打者!3割引きも大きい!」と数字を前向きに捉え、治療と仕事の両立にも挑戦し、点滴の合間にスーツ姿で出社するという異例のスタイルも確立。さらに、自身の経験を社会に還元すべく「食道がんサバイバーズシェアリングス(以下、食がんリングス)」を立ち上げ、適正飲酒啓発活動にも力を注いでいます。そんな髙木さんの、がんとの向き合い方と食がんリングスの新たな挑戦を追いました。
目次
※本記事の「食道がんの生存率30%」は、インタビュー内容を重視した数字です。最新の詳しい生存率については、公的な統計データをご確認ください。
取材・文:大井美深(ティーペック株式会社 広報担当)
48歳で告知された食道がん。飲酒とタバコが影響?主治医の言葉が変えた生活
大井: まず、食道がんが発覚したときのお話を聞かせていただけますか?
髙木さん: 48歳のとき、食道がん(ステージ3)と診断されました。最初に告知を受けたときは、「まさか自分が」と思いましたね。お酒もタバコも嗜んでいましたが、それが食道がんの原因になるとは考えていませんでした。しかし、主治医から「あなたの場合はお酒が原因と思ってください」とはっきり言われたので、私の場合はアルコールが主な要因だと認識しています。
大井: 以前、コラボ企画で制作した飲酒啓発おみくじのサバイバーメッセージで、髙木さんは「お酒はけっこう飲んでましたかって?結構どころじゃないよ!」と書かれていましたよね。習慣化していたお酒とタバコは、がん発覚後、すぐにやめられましたか?
髙木さん: お酒は主治医に原因だと言われたので即座にやめました。しかし、タバコはしばらく吸っていました。食道ではなく肺に影響するイメージだったので「少しならいいかな」と思ってしまって……。当然よいはずはなく、主治医にバレました。怒鳴るのではなく、顔を真っ赤にして怒りを表してくれたことで、治療に真剣に向き合う覚悟ができました。主治医に感謝です。
生存率30%に揺れる心…3割打者が教えてくれたこと
大井: 食道がんステージ3と診断されたとき、率直な気持ちはどうでしたか?

髙木さん: まず、生存率を調べました。その時、目に入った情報サイトには「30%」とあり、その数字を毎朝毎晩確認していました。株価ではないんだから、もちろん数値は変わるわけもなく…でも毎日確認する。今思えば静かな混乱状態だったと思います。
でも、ある日たまたま野球中継を見て、3割打者が登場しました。そのとき「打率3割って強打者だよな…」と思ったんです。そこで「3割ってそんなに悪い数字ではないかもしれない」と気づきました。スーパーの総菜3割引きも大きく感じますよね。
考え方次第で気持ちが変わるものだなと。それ以来、前向きに捉えられるようになりました。
大井: その発想の転換が気持ちを前向きにしたのですね。
有給が足りない!?病室と会社を行き来する異色の闘病スタイル
髙木さん: はい。その後、手術や治療を受けましたが、一番気にしていたのは仕事のことです。有給休暇の範囲内で済むかどうかばかり考えていました(笑)結果的に有給休暇内で治療は終えたものの、予定していた3か月の休職以外に合併症の誤嚥性肺炎で1か月入院することになり、休暇が足りなくなりました。
大井: どう対処したのですか?
髙木さん: 点滴スケジュールを見ると合間時間があり、さらに、病院と会社の位置関係を調べたら通勤圏内だったので、この点滴の合間に出社できないか主治医に相談しました。
主治医から了承を得て、病院から会社へ出社し、勤務後に病院へ戻る生活をしていました。スーツで通勤していたので、病院の受付スタッフから「この人は何者?」と不思議がられましたよ(笑)
大井: 病院からスーツで出社するとは、驚きですね。
髙木さん: 珍しい光景といえば、もう1つあります。私が入院しているときに、実母も同じ病院に入院しました。同じ病院で入院しているので、お見舞いに行ったり、親族として診察同席をしたりしました。ただ、こちらも入院患者なのでパジャマに点滴の棒を押しながら付き添うため、母の主治医から「あなたは何者ですか?」と驚かれました(笑)
振り返ると、同じ病院だったので付き添いやお見舞いがラクでしたね。ちがう病院だったら何のケアもできませんでした。ちなみに母は自分より早く元気に退院しましたよ。
私の「がん治療と仕事の両立」は特殊ではあるので、皆さんに推奨できるものではありません。でも、仕事をできるだけ休みたくない気持ちは、今までの自分の仕事イメージを変えたくない自分自身の希望でもあったわけですし、会社とのつながりが心の支えであったのも確かです。治療と仕事の両立ももっと多様性があってもいいのかもしれませんね。
大井:すごいですね…! 病院から出社したり、親と同じ病院に入院してケアをしたり、そんな働き方や支え方もあるのだと気づきがある体験談です。髙木さんのご自身の働き方について考え、それを主治医と交渉しながら働く環境を整えている姿から、「仕事と治療の両立」に積極的に参加していることが伝わってきました。
がん経験を社会へ還元――患者会『食がんリングス』の誕生

大井: がん経験を経て、どのように患者団体活動に関わるようになったのですか?
髙木さん: 治療後7年間は何もしていませんでした。患者団体の存在すら知らなかったんです。しかし、7年後に再発が気になり、「何か勉強した方がいいかも」と調べたところ、がんサバイバーの活動を知り驚きました。自分の経験が社会の役に立つという発想はありませんでした。
2019年の年末、食道がん専門医による患者交流会に参加し、食道がんの患者会がないことを知りました。私にとってがん経験は「キャンサーギフト」とは異なりますが、人生の平坦さがなくなり、変化をもたらしてくれた出来事でした。このエネルギーを活かし、2020年に「食道がんサバイバーズシェアリングス(食がんリングス)」を立ち上げました。
1枚の企画書を作り、交流会で出会った先生方にメールを送りました。半年前に一度会っただけでお忙しい先生たちなので「頑張ってください」といった返信がもらえれば嬉しいくらいの気持ちでしたが、予想以上に熱いメッセージが返ってきて、「協力は惜しまないので、ぜひやってほしい」と背中を押してもらいました。実際に、食がんリングス3周年記念ビデオ講座、よろず相談(共同企画)や各種監修などお世話になっています。
大井: 2021年にティーペックでオンライン患者会インタビューを開催したとき、3名の医師が白衣姿で駆けつけていたのを見て、待望の患者会だったのだと感じました。
<参考>
T-PEC Channel『日本初の食道がんの患者会「食がんリングス」―患者として知りたいこと、医療者から伝えたいこと、飲酒リスクなどを正しく伝える活動を展開』
「若者へ伝えたいこと――お酒が好きだからこその適正飲酒啓発活動への思い」
大井: 最近はどのような活動をされていますか?また、課題や今後の目標はありますか?
髙木さん: オンラインやリアルでの患者交流会、がん関連イベントへの参加を行っています。がんサバイバー同士の交流や情報交換を続けながら、特に食道がんの予防・早期発見を若い世代に伝えたいです。
特に適正飲酒啓発に力を入れています。私のがんの主な原因なのでもう飲んでいませんが、もともと大好きなお酒です。美味しいし、楽しい時間が過ごせることを知っている。そして、酒は日本の文化でもあるので、一概に「1滴も飲むことが悪」とも言い切れません。
だからこそ、若い世代が早い段階で自分のアルコール体質を知り、自分に合った飲酒をすることで、食道がんのリスクを減らしてほしいと考えています。

今回のインタビューでは、あえて省いていますが、食道がんの手術や治療は大変です。できるだけ予防、もしくは早期発見してほしい。公式YouTubeで紹介しているので、こちらで食道がんのリアルを見てください。
「食事が詰まる・量を食べられない・体重が増えない」どう乗り越えてきた?食道がんサバイバーがサバイブする証言シリーズvol3
食道がんリスクを下げるための体質を知る適正飲酒啓発については、私たちの団体だけで社会の意識を変えるのは難しいので、二十歳の集いでパッチテストを実施してほしい。飲酒習慣後はパッチテストではなく遺伝子検査が有効なので、新入社員・若手社員企業研修や福利厚生でのアルコール体質遺伝子キットの配布など、自治体や企業と協力して啓発活動を進めていきたいです。
4月は食道がん啓発月間に合わせて日本食道学会と共催でイベントを開催します。ぜひ、ご参加ください。
「知って備えて学んで予防 正しく知ろう食道がんの事」
【開催日】2025年4月13日(日)10時~16時15分
【開催場所】国立がん研究センター 築地キャンパス 新研究棟 1F 大会議室
詳細≫ https://www.shokuganrings.com/ecac2025
大井:髙木さん、貴重なお話ありがとうございました。
食道がんサバイバーズシェアリングス代表
髙木 健二郎さん
2012年3月:胸部食道がんステージⅢ(リンパ節2カ所転移)
お酒の飲めない典型的な赤くなる体質にもかかわらず、大量飲酒と喫煙を28年間継続。2クールの化学療法後に食道亜全摘胃管再建の手術。後に誤嚥性肺炎を乗り越え、左反回神経麻痺が残るが再発もなく2025年現在に至る。
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取材・文:大井美深(ティーペック株式会社 広報担当)
参考
- 食道がんサバイバーズシェアリングスホームページ
https://www.shokuganrings.com/ - T-PEC Channel『日本初の食道がんの患者会「食がんリングス」―患者として知りたいこと、医療者から伝えたいこと、飲酒リスクなどを正しく伝える活動を展開』
https://t-pec.jp/ch/article/618
※当記事は2025年3月に作成されたものです。
※当記事内のインタビューは、2025年3月に行われたものです。
※当記事は個人の体験談に基づくものです。
※医師の診断や治療法については、各々の疾患・症状やその時の最新の治療法によって異なります。当記事がすべてのケースにおいて当てはまるわけではありません。
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